そのほか

生協は公安の監視対象? 流出文書から考えてみた

生協は「公安の監視対象」という話をネットではよくみかけます。

根拠となる資料として、このような資料が添えられることが多いです。ここには確かに、「日本生活協同組合連合会」の名前が入っていますね。

この記事では、生協は本当に公安の監視対象なのかを考えてみます。

生協が公安の監視団体か考える際の前提情報

一部の生協が、少なくとも設立時は共産党と関係があったのは事実のようなのですが、「生協は公安の監視団体なのか?」という問題は結構複雑です。

この問題を考える前に知っておくべき前提情報をまとめました。

①流出資料は非常に古いもの

②COOPは「連合会」

③生協の成り立ちはさまざま

④直接的な資金提供はできない

⑤「公安」はいくつかある

流出資料は非常に古いもの

「生協が公安の監視対象」であることを示す根拠の資料は、この1種類しか見かけたことがありません。

紙質や印刷の仕方で、見るからに古い資料であることがわかります。

「流出資料」とされていますが、この資料はいったい何なのでしょうか?

タイトルが「市民・社会・政治団体の動向と調査」となっていますし、この記事をネットにアップした人がつけたページ数から、「公安調査庁マル秘文書集―市民団体をも監視するCIA型情報機関」に掲載された文章ではないかと思われます。

2001年に発売された本ですが、現在も販売されています。

作成者は「近畿公安調査局」となっており、1996年に作成された資料とされています。

昔は今よりもっと共産主義・社会主義の存在感があったので、1996年に作成された資料であれば、生協と共産党とのつながりが疑われ、監視対象になることもありえるかもしれません。しかし、選挙結果を見てもわかる通り、共産党の影響力は大きく低下していますよね。

もうそれから30年近く経っていますので、この資料が本物であったとしても、現在も監視対象であるかは別の問題として考えた方がいいのではないかと思います。

ゴリゴリの無添加ママだった私の母親は子供との会話が苦手だったようで基本的にあまり会話はなかったのですが、うんちく系の話はなぜか語りだす人でした。学生運動(学生が行う社会運動)が激しかった時代に大学生だったそうで、その話もたまに聞いていました。

学生運動から20年くらい経ったときにすでに、「昔こういうことがあってね」という昔話テンションで語られていました。母親の出身大学に見学に行かされたのですが、壁に書かれた当時のスローガンなどが残っているところもあり、古代文明の遺跡を眺める気持ちで見てきました。

1996年は資料として古すぎますので、そこに書いてあったとしても今どうなっているかはわからないですよね。

そのような観点から、現在の公安で生協がどういう扱いになっているかも調べてみましたので、次の見出しでまとめました。

COOPは「連合会」

「生協」というのは、利用者が組合員となって運営にかかわるタイプの組織の名称なので、さまざまな組織が含まれます。

ある大学の利用者が集まった大学生協と、地域の住民が集まって商品を共同購入することが中心の地域生協では成り立ちや性質も全くことなります。

そのため、「生協が公安の監視対象なのか?」とひとくくりに考えることはできず、「〇〇生協が公安の監視対象なのか?」と個別に考える必要があります。

今回の資料で名前を挙げられているのは、「日本生活協同組合連合会」というものです。全国各地の生協が加盟する「連合会」型の組織で、主な活動は、赤いマークのCOOPブランドの商品を開発・販売することです。

COOP

ちなみにこの赤マークの商品、価格はお安いのですが結構添加物が含まれています。「日本生活協同組合連合会」には加盟しているものの、この赤マークの製品は一切売らないという生協も結構あります。逆に、実店舗もあってスーパーと同じような品ぞろえにしている生協ではよく売られています。

この日本生活協同組合連合会には多くの生協が加盟しているのですが、本部・支部の関係ではなく、意思決定は基本的に加盟生協が単独で行います。

時系列的にも、「日本生活協同組合連合会」が各地の生協を作っているのではなく、各地の生協がまとまったことで「日本生活協同組合連合会」ができたという流れです。

生協は左翼っぽい生協がほとんどですが、細かく見てみると、生協によってカラーは異なります。

個々の生協についても調べてみたのですが、ガチ左翼だけど独自路線っぽいグリーンコープや、共産党と関係があってもおかしくないように見えるパルシステムなど、さまざまです。

生協の成り立ちはさまざま

生協というのは組織の種類の名前なので、成り立ちはさまざまです。

日本生活協同組合連合会の資料によると、生協の成り立ちにはこのようなものがあるそうです。

①大正時代に生協の設立が始まる

②戦後の空襲で潰れる生協が多くなる

③戦後、食糧調達のための新しい生協が多数設立される

例えば、現在のコープこうべの母体となった組織は、1921年に設立されたそうです。

大正時代に作られた生協も、市民が自主的に作った組織ですから、社会主義寄りなところもあったようです。しかし、日本共産党の設立が1922年なので、少なくとも設立時に密接な影響があったわけではないですね。

これとは別に、1970年代に大学を中心に共産主義・社会主義が勢力を拡大した際、大学生協が主導して地域の生協した例も多数あります。この中には、設立時共産党と関係があった生協も含まれるそうです。

直接的な資金提供はできない

消費生活協同組合法という法律の中に、「消費生活協同組合及び消費生活協同組合連合会は、これを特定の政党のために利用してはならない。」という一文があります。

法律で禁止されているため、少なくとも直接的な資金提供はないということになります。

共産党は議会で議席も持っていますし、日本で活動することは何も問題ないとされています。

現在でも共産党は公安調査庁の監視対象ですが、共産党を監視している理由がそもそも、「暴力革命の可能性を否定していない」ことなので、現時点で何か危険なことをやる兆候があるわけではありません。

共産党は,第5回全国協議会(昭和26年〈1951年〉)で採択した「51年綱領」と「われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない」とする「軍事方針」に基づいて武装闘争の戦術を採用し,各地で殺人事件や騒擾(騒乱)事件などを引き起こしました(注1)。
 その後,共産党は,武装闘争を唯一とする戦術を自己批判しましたが,革命の形態が平和的になるか非平和的になるかは敵の出方によるとする「いわゆる敵の出方論」を採用し,暴力革命の可能性を否定することなく(注2),現在に至っています。
 こうしたことに鑑み,当庁は,共産党を破壊活動防止法に基づく調査対象団体としています。

公安調査庁公式サイト

明確に左翼オーラのするサイトに掲載されたものなので、公安調査庁に批判的な記事なのですが、タイトルがわかりやすかったのでリンクを貼ってみます。

八代弁護士らの共産党攻撃の根拠「公安調査庁」が“失笑”の報告書! 暴力活動の記載なく「コロナ政策提言で存在感」とまるで共産党PR

共産党そのものが、書くことに困っているのではないかと思ってしまうレベルで無難な活動しかしていないので、関わりがあったとしても間接的なものにとどまる生協をじっくり監視するメリットは薄いように思えます。

「公安」にはいくつかある

実は、「公安」という名称がつく組織はいくつかあります。

警察の中に所属するのが「公安警察」です。警察庁や都道府県警察の中にあります。東京都を管轄する警視庁の公式サイトによると、以下のような活動をしています。

国民の安全・安心を確保するため、国際テロ組織、過激派、右翼などによるテロ、ゲリラの未然防止に向けた諸対策をはじめ、各種違法行為の取締り、北朝鮮による拉致容疑事案などに対する捜査、対日有害活動の取締り、サイバー攻撃に係る捜査や対策、NBC(核・生物・化学物質)テロへの対応などを強化推進しています。

警視庁採用サイト

もう一つが「公安調査庁」といって、法務省の下部組織です。下記のような活動をしています。

公安調査庁は,破壊活動防止法に基づいて,暴力主義的破壊活動を行う危険性のある団体の調査を行い,規制の必要があると認められる場合には,団体の規制に関し,審査及び決定を行う機関である公安審査委員会に対し,その団体の活動制限や解散指定の請求を行います。

公安調査庁公式サイト

法務省の下部組織ですので、働いている人も警察官ではありません。他の省庁と同様に、国家公務員採用試験を受けた人の中から採用が行われますので、特に体は鍛えていない事務職っぽい人が多いです。

ちなみに、名探偵コナンに出てくる安室さんは公安警察の方です。

このほか、警察庁の管理を行う「国家公安委員会」もありますが、これは民間に対する監視などはしないので無関係です。

生協への言及があった流出資料の出元とされる「近畿公安調査局」は、「公安調査庁」の組織となります。

「公安調査庁」は定員の少ない小規模な庁で、「不要論・縮小論」が出てしまうほど存在感が薄いです。日本は平和な組織なので縮小すべきという見方もありますし、逆にもっと公安調査庁を廃止してもっと本格的な組織を作るべきだという観点からの不要論もあります。

少ない人員で海外情報の収集も行っている組織です。もし現在でも生協を監視していることが事実なら、もっと他にやることがあるのではないかという議論も起きるかもしれません。

公安警察は生協に言及している?

流出資料が非常に古いことと、公安調査庁の人員が限られることから、現在も公安調査庁が生協を監視しているとは思えません。

しかし一応、公安調査庁のサイト内でを調べてみました。

公安調査庁は秘密組織ではなく法務省の下部組織なので、監視対象については報告書などを提出しています。そこに一切記載がなければ、公安監視対象となっている可能性は低いのではないでしょうか。

サイト内検索

Googleの検索窓に「site:」とサイト内検索したいドメインを入力した後、検索したいキーワードを並べると、そのサイト内にキーワードが出てくるかを調べることができます。

公安調査庁は法務省の下部組織なので、メインのドメインは法務省のものです。公安調査庁のコンテンツのみに絞るため、こちらをGoogleの検索窓に入力してみました。

「site:https://www.moj.go.jp/psia/ 生協」

他にも、「生活協同組合」や「生活クラブ」と入力してみましたが、いずれも該当なしです。

内外情勢の回顧と展望

続いて、公安調査庁の年次報告書にあたる、「内外情勢の回顧と展望」の令和5年度版を見てみます。

ページ数の大半が国際情勢について割かれていて、国内については、以下4つの団体しか取り上げていません。

オウム真理教

過激派

共産党

右翼団体など

生協に関する記載はありませんし、共産党についての記載がそもそも平和的です。

「コロナ禍に乗じて若年層の取り込みを図る民青・共産党」という見出しで共産党の関連組織である民青について記載がありました。共産党にはつながりが明らかな組織がほかにありますので、生協まで見ている人員の余裕があるとは思えません。

 民青は、令和2年(2020年)5月以降、コロナ禍で困窮する学生向けに食料や日用品を配布する「食料支援活動」(これまでの利用者は47都道府県で延べ13万人以上と発表)を通じ、多くの学生と接点をつくり、対話や勧誘を進めた結果、同盟員が増加し、第45回全国大会(令和3年〈2021年〉12月11、12日)では、「2002年以来の大会期現勢前進」と報告した。

 こうした中、共産党は、令和4年(2022年)においても、民青の「食料支援活動」に関し、会場で実施された生活相談会に党の議員らを相談員として参加させるなどの援助を行ったほか、党内において、「民青同盟員の拡大を援助」することや「民青拡大のさらなる飛躍をはかることと同時に、青年・学生党員を迎え、党支部をつくっていくことに力を注ぐこと」を呼び掛けた。その上で、8月の6中総では、令和4年(2022年)の民青同盟員の拡大について、令和3年(2021年)を上回る速度で進んでいる旨報告した。

「内外情勢の回顧と展望」の令和5年度版

危ないことをする可能性が比較的あるのは、「過激派」の項目で紹介されている団体で、何十年も前から共産党とは関係がありません。

個人的に共産党は全く支持していませんが、極端な暴力事件を起こしそうなようにも見えません。一応これまでずっと、議会制民主主義の中で議席を増やそうと努力していたわけなので、何か事件を起こすとしたらその方針を捨てるという大きな決断になりますよね。

消滅寸前の社民党と違って、衆議院でまだ10議席も持っていますから、過激なことをするメリットはないように見えます。

ちなみに共産党はこのようなポップなサイトも作っていて、若者向けの支持率拡大担当者は結構優秀なのではと思っています。

最近の内外情勢

公安調査庁は、月ごとに「最近の内外情勢」という報告も出しています。

海外ネタが多めですし、国内での活動は、もっと直接的に危なそうなものばかりです。

3月5日(日)第14期全国人民代表大会(全人代)第1回会議が開催(~13日)。習近平総書記が、国家主席・中央軍事委員会主席に再選され、李強(り・きょう)政治局常務委員が、国務院総理に決定。このほか、「国務院機構改革案」などを採択。
3月10日(金)右翼団体が、「東京大空襲の日」に際し、米国を批判する街宣活動を実施(東京)。
3月11日(土)中核派が、平成23年に発生した福島第一原発事故を捉え、「3.11反原発福島行動’23」を実施(福島)。
3月12日(日)北朝鮮が、朝鮮労働党中央軍事委員会第8期第5回拡大会議の開催を発表。経済建設への軍の動員の強化や「戦争抑止力」(核戦力)の攻勢的活用に向けた措置等を討議、決定。
3月13日(月)公安審査委員会が、オウム真理教主流派(「Aleph」)に対する再発防止処分を決定。
3月16日(木)北朝鮮が、ICBM級弾道ミサイル1発を発射、北海道西方の日本海上に落下。北朝鮮は、17日、「火星砲17」型の発射と発表。
3月19日(日)北朝鮮が、弾道ミサイル1発を発射。
3月24日(金)公安調査庁が、オウム真理教・京都施設に対して立入検査を実施(京都)。
3月26日(日)公安調査庁が、オウム真理教・名古屋施設に対して立入検査を実施(愛知)。三里塚芝山連合空港反対同盟(北原派)及び支援過激派が、「3・26芝山現地闘争」を実施(千葉)。中国の秦剛(しん・ごう)国務委員兼外交部長とホンジュラスのレイナ外務大臣が、北京で「中華人民共和国とホンジュラス共和国の外交関係樹立に関する共同コミュニケ」に調印。同コミュニケでは、ホンジュラスが従前外交関係を有していた台湾と断交し、中国との外交関係を樹立する旨表明。
3月27日(月)北朝鮮が、弾道ミサイル2発を発射。
3月28日(火)公安調査庁が、オウム真理教・足立入谷施設に対して立入検査を実施(東京)。
3月31日(金)ロシア大統領ウェブサイトが、プーチン大統領が新たな「外交政策概念」を承認した旨掲載。

レベルが違いすぎるので、公安調査庁がこうした業務と並行して生協の監視をしているようには見えません。

生協を監視している暇があるのか?

公安調査庁が現在も生協を監視している痕跡はありません。

公表せずに監視していると思う人もいるかもしれませんが、日本は「スパイ天国」と呼ばれているくらいなのに生協の監視をしている暇があるのか?という観点もあります。

なので、生協を監視している痕跡がないのはむしろいいことではないでしょうか。

公安調査庁は最近、中国への技術流出を防ぐために「経済安全保障特別調査室」を発足させたそうですが、生協を監視する人員がいるならこのような分野に人員を回した方がよほど国益のためになると思います。

スパイをする方ではなくてスパイを防ぐ方の能力を「防諜(カウンターインテリジェンス)」と呼ぶのですが、日本はこの防諜を行う機関が複数機関に分散していて連携が弱い上、個々の機関も他の国と比べると小さめという欠点がよく指摘されます。

一部の生協は共産党と関係があるわけですし、人員が豊富にいるなら生協を監視していてもいいとは思うのですが、この状況でやるべきことではないように見えてしまいますね。

いろいろ情報をまとめてみましたが、生協が共産党の監視団体なのか気になっている方の参考になれば幸いです。